社会人2年目で、我が子は家を出て独立して行きました。
このまま母と暮らすのは楽だけれど、自分が40歳になった時に何もできない人間になっていたくないというのが大きな理由らしいです。
私は自分自身が実家に暮らしていた時、なんらかの家事をずっと担って生活していたので、家事をすることに何らのストレスを感じることがなく、サクッと終わらせてしまうので、子供に手伝って欲しいと思ったことがありません。
ただ、子供が手伝いたいと思って行動した時に、私はそれを阻止した記憶があります。
子供自身が母の助けになりたいと思っていたかもしれないのに、私はそれを認めなかったのです。
「やりたいと思うなら手伝ってくれればいいけど、お手伝いしなくちゃという理由ならやらなくていいよ。」と、いう言葉を使った記憶があります。
私の場合、「やらなくちゃ」だったのです。
私が洗濯物を取り込んで、畳んで、箪笥にしまうところまでやらなければ、母は認めない人でした。褒めることはありません。ここまでできて、当然という評価なのです。
夕食の支度は手伝うのが当たり前なので、母が台所に立ったことを察知して、飛んでいかねばなりません。ぼーっとしていると、台所からガチャンガチャンと、大きな音を立てる母の怒りの状況が伝わってきて、その時点で台所に行っても、母の機嫌は直りません。
私は怒りの沸点に達した人のことを鎮める方法を知りません。重苦しい雰囲気の中、じっと耐えることしかできません。今でもそうなのです。
我が子にはそうなって欲しくなくて、自分とは全く違う人生を歩んで欲しいと思いました。
自分がやりたいことを小学生の時に見つけ、漠然とどうすれば良いかを考えていたようです。学校という組織が嫌いで、なぜ、学校に行かねばならないのかをずっと考えていた子です。幸いにも見つけた高校が我が子にとても合っていて、今でもその同級生たちと仲良く交流していることを、私は羨ましく思うのです。
我が子は自分の意見をきちんと言葉で説明し、わからないことをうやむやにせず、言葉を戦わせることがとても得意なのです。言い争いはしない形で。
今週は用事があると言って、昨日LINEしてきましたが、来週は帰ってくるのかな。。