一推しは金曜ドラマの「Tシャツが乾くまで」
久しぶりに蒼井優さんが主演で、放送前から注目していました。
二組の夫婦がコインランドリーで出会った偶然によって関わりを持つことになり、それぞれが抱えているトラウマを上手く絡めた心理描写が表現されていて、私は興味を持って観ています。
一部、こんな設定おかしいという記事をネットで見ましたが、私は色々な人が色々な感覚を持ってこの世に存在する限り、自分と違う感性を持っていることに対して、おかしいとしてしまう方が変ではないかなと思いました。
細かく書いてしまうと、ネタバレになるので、作品は先入観なく観てほしいと思っています。
世の中には色々な毒親がいます。
たとえ他人の目に触れる形で表に現れることが無くても、年月が重なることで、人は大人になって行きます。
大人になって、また新しい家庭を作り、そこに子供が存在し、自分が育てられたと同じような親になる人もいれば、それと違う自分の理想の親になろうとする人がいます。
夫婦として存在しても、子供を授からない家庭もあります。
親の存在は、夫婦という単位になってもその影響を色濃くすることがあります。
夫婦しかないことで、どちらかが相手の心を埋める、「親」を担うことになることもあり、夫婦なのに親子のように存在してしまうのです。
私は25歳で最初に結婚しました。
その人とは、途中から私はその人の母親のような役割を担わされていました。当時は気が付きませんでしたが、このドラマを観ていて、私は相手の全ての過ちを繰り返し受け入れる、母親の役を演じていたのだと30年以上経った今に気づかされました。
ただ、私は途中で物事を投げ出す癖があることで、ある時、なんで私がこんなことをしなければならないのかと、その環境から逃げ出しました。
結果、たったの4年での離婚となります。
関係を維持しようと努力をし続ければ、もしかしたら、今も夫婦をやっていたかもしれません。ただ、子供はいない夫婦だったと思います。
私は子供を育てる覚悟がなければ、子供を存在させてはいけないと考えています。これは私の主観であって、倫理的な問題からすれば、いろいろな意見があることは知っていますし、それらを否定するつもりもありません。
ただ、責任を持って一つの人格を育てなければならないということは、安易に考えることが、私にはできません。
夫に手がかかることがわかった時点で、子供はいないほうが良いと考えて、当時生活していたことを思い出します。
このドラマで、少しだけネタバレをすると、蒼井優さんが演じる咲子の、夫である松山ケンイチさんが演じる充の親は、子供を存在させてはならない夫婦だったのだと思います。
そうすると、充はこの世に存在しなかったので、このドラマは成立しないのですが・・・
生活環境を整えることを最優先し、子供の心理に無頓着であるなら、親になってはならないと思うのです。私の母がそういう人であったように・・・。
そうすると、私はこの世に存在せず、私の人生に色をつけてくれた、我が子も存在しなかったことになりますけど・・・。
母に対して尊敬するところはあります。ただ、子供を自分自身の思う通りに操縦しようとするところがなければ、もう少し違った人間として、私は存在できたのではないかと感じることがあります。
母に泣き言や深い話はしたことがありませんし、齢80を過ぎた母に今更何を言う気もありません。
そもそも、間違ったことはしていないと豪語するような人に、何を言ったとしても通じないのだと思うからなのです。人の考えは他人からなんと言われても、簡単に変わるようなものではないと思うのです。
妹たちは繰り返し、母と喧嘩をしているようですが、私は母には何も自分の「気持ち」を話したことがありません。とっくの昔に諦めて、その場をやり過ごしておけば良いとしか考えていないのです。
多分、娘の中で私が一番薄情なのだと思っています。
父が亡くなった時は、悔やむことが数年続きましたが、きっと、母が亡くなった時は、ホッとする自分がいるのではないだろうか・・・と、思いながらこのドラマを観ています。